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不可解なリンク指針 - 2002.3.9 |
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リンクの「意味」ウェブページの「リンク」は、関連する情報への簡便な参照方法を提 供する。簡便な、ということが重要で、閲覧者は興味を持った関連情報 をクリック一つで参照することができる。むしろそれは参照というより、 まさしくページとページを「繋げる」ものであるといっていい。 これは「リンク」を機能の面から見た説明である。しかし今日は、 「リンク」の「意味」を考えてみよう。あるページへのリンクを設置す るということは、ページ作成者の価値判断と無縁ではありえない。すな わち、リンク先のページは自分にとって一定の信頼に値するものであり、 さらには、自分のページの閲覧者にとっても価値があるだろう、という 判断である。もっとも中には、単に非難のやり玉に挙げようと思ってリ ンクを設置する者もいるが、少なくともリンクが張られるということは そのページの注目度が高いことを意味する。Google のPageRankシステムはこ の理屈に基づいて、ページのランク付けをしているとのことである。 しかしながら重要なのは、多くの場合、単に注目度が高いのみならず、 ページ作成者にとって信頼の置ける情報源であるからこそリンクが張ら れるという点である。1つ1つのリンクは、リンク先の信頼性に対するリ ンク元からのささやかな1票であると見ることもできるだろう。だとす れば、本来的にリンクの設置は歓迎されこそすれ、拒まれる理由はない。 ニュースサイトのリンク指針こうした前提でニュースサイトのリンク指針を眺めてみると、そこで はとても奇妙なことが起きている。私は国内の主要なニュースサイト (新聞社が「オンライン版」を提供しているサイト)のリンク指針をい くつか調べてみたが、いずれも個別の記事へのリンクを全面的に禁じて いるばかりか、サイトのトップページへのリンクをも許可制としている ところが多かった。これは一体どういう訳なのか、理解に苦しむ。こう した馬鹿げた規制によって、われわれは「○○新聞オンラ イン版 によれば」式のWeb上での議論が - 少なくともサイト主催 者の意志に沿う形では - 出来なくなってしまっている。正当な引用と 同じく、こうしたリンクによる参照こそがそのサイトの客観的な評価を 高めてくれるというのに。しかも、議論の前提として、その ニュースサイトによる正確な1次情報へと多くの人が容易にア クセス出来る、という点で、間接的にそのニュースサイトの公共性をよ りよく果たすことにもつながるというのに。 トップページへのリンクそもそも、トップページへのリンクを許可制、つまり事前連絡を要す るものにするとは、インターネットにサイトを公開 しているという意識が本当にあるのだろうか。個人のサイトならば、サ イト開設者の意識の中には潜在的な「公開」の対象があるのが普通であ るし、だとすれば予想外のリンクによって見ず知らずの他人が自分のサ イトを閲覧するのを防ぎたいという意識も理解できる。また、 事後連絡を求める心理には、リンク元を「審査」したいとい う気持ちと同時に、「リンクを張ってもらったらこちらからもリンクし たい(相互リンクにしたい)」という気持ちもあるだろう。自前のサー バならばトラフィックを節約したいこともあるかもしれない。しかし、 「誰もが存在自体は知っている」ようなサイト、しかも公共性を自認す るようなサイトが、「公開範囲を限定」したり、ほんのわずか増加する かどうかという「トラフィックを節約」したり、という「心理」に基づ いて事前許可制にしているというのは無理がある。お礼の逆リンクでも 張ってくれるのであろうか。妥当な線で「リンク元を審査」したいとし て、そこにどれほどの利益があろう。リンク元がいかなるサイトであろ うと、今議論の対象にしているようなサイトに比べ各段に影響力が小さ いことは疑う余地がない。そうした相手から仮に悪意を持って紹介され ることがあるとしても、それと引き替えに多くの善意のリンクを制限す る必要はないと思うのだ。 コンテンツへのリンクと考えられる障害さて、インターネットに一定以上の程度で公開されるサイトは、原則 的にトップページへのリンクを自由に設置させるべきである、というこ とが承認されたとして、次の段階に進むことにしよう。上に述べた我々 の認識によれば、個別の記事へのリンクも無制限に許諾されるべきであ る。一般的にいって、個別のコンテンツへのリンクが嫌われる理由の一 つは、リンクをたどってきた人に対してそのページがどんなドキュメン ト(群)の一つなのかが分からなくなってしまう、という点にある。最 悪の場合には作成者が前後を通じて読まれる場合のみを想定したページ が単独で取りあげられて、客の目に触れることになる。しかも問題のペー ジは作成者の頭の中では、必ず自分の書いた目次から そのページへと移動し、ブラウザの「戻る」で目次へと戻る か、あるいはフレームの一部として表示されることになっているので、 前後のページへのリンク(いわゆるナビゲーション部分)はもちろん、 トップページへのリンクもなければ著者の署名もない。この結果ドキュ メントは全体として正当に評価されないばかりか、情報が不足だとか、 一面的な見方を記している(すぐ「次」のページではただちにその見解 は否定されているというのに!)とかいう評価をされることにまでなっ てしまう。 結局、こうなるのはすべてページの作り方が悪いということになるの だが、それをリンクを拒否することによって回避することが許されるか どうかは作り手の有する時間と技術とにもよるだろう。実際すべてのド キュメントに統一されたヘッダ・フッタを付け、全体の統一を取るため のナビゲーションを設置するというのは口で言うほど簡単ではない。トッ プページでフレームを作り、ドキュメントをその中の1フレームに流し 込む、というのは簡単な応急処置の1つであって、その場合には「リン クはトップページのみ」でも仕方がないだろう(tatsuto.comもこれ)。 しかし、ツールと人材を備え、各ページに必要なサイト内リンク - お よびサイト維持に必要な広告 - を難なく設置できるサイトには、これ は当てはまらない。 最後に、URIの永続性について触れておこう。個別のコンテンツの具体 的なURIは将来変わるかもしれないから、外部からのリンクはやめて欲 しい、Not Foundがログに山積になるのは許せない? ああ、なるほど。 しかしリンク自由にしたからといって、誰かが勝手に張ったリンクの永 続性を確保する義務まで負わされた訳では決してないし、これにはその URIが指すコンテンツをいつまでも「無料で」提供し続ける義務はない ということも含まれる。さらに、URIが変わる(または消える)恐れ自 体が問題(Not Foundが許せない・・・など)だとすれば、本当の問題 はそれ以前、最初のサイトの構成にあるのである。 むすび結論として、少なくとも「自分のところでは正確な1次情報を提供して いる」と自負するニュースサイトは、トップページのみならず個別のコ ンテンツへのリンクも原則許容とすべきであるし、現在そうなっていな いサイトにはぜひそうなることを希望する(現に海外の著名サイトでは、 リンクの永続性を保障しないという条件で自由にリンクを認めていると ころもある)。同時に、報道目的以外のサイトであっても、有用な情報 を提供している自信が多少なりともあるならば、ドキュメント間の連絡 を整え、より自由なリンクが可能になるよう積極的に行動すべきであろ う。 |
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http://www.ipa.go.jp/security/awareness/vendor/programming/b07_04_main.html -- Tatsuto [20030921225538]
test -- test [20080412201738]